卵と賄賂

今日はアニマルウェルフェアについて,少し書いてみたいと思います。

タイトルの「卵と賄賂」は,大手鶏卵業者が吉川貴盛・元農林水産相に賄賂を渡したとされる贈収賄事件がテーマです。
令和3年1月 15 日,吉川貴盛元農林水産大臣(以下「吉川元大臣」といいます。)が収賄容疑で在宅起訴されました。
10月6日には,吉川元大臣に現金500万円の賄賂を渡したとして,贈賄などの罪に問われている大手鶏卵生産会社の元代表は
懲役1年8か月,執行猶予4年の判決を受けました。
判決文には
「国際的な飼育環境の基準『アニマルウェルフェア』の考え方をもとにした飼育方法が採択されれば,養鶏業者の経営が壊滅的な打撃を受け,
卵の安定供給にも悪影響が生じると懸念し,現職の大臣に現金を渡すことで,重要な政策判断に強い影響を及ぼそうとした」
との指摘がありました。吉川元農相 汚職事件 贈賄の大手鶏卵生産会社元代表に有罪判決 | 事件 | NHKニュース

そもそもなぜ,わざわざ鶏卵業者が賄賂を渡す必要があるのでしょうか。

この事件を受けて農林水産省が第三者委員会による調査報告書を公表しています(養鶏・鶏卵行政に関する検証委員会報告書(PDF : 2,258KB))。
報告書によれば,判決での指摘があるように,鶏卵業者がOIE(国際獣疫事務局)がアニマルウェルフェア条項を追加して
国際的な産業動物の飼育環境改善基準が強化され,日本においても法改正がされることを危惧したために贈賄に至った,という流れが見て取れます。

ここで,OIEという聞きなれない組織が出てきましたが,これは”Office International des Epizooties”の頭文字を取ったもので,
フランスのパリで発足した世界の動物衛生の向上を目的とした政府間機関です。
ホーム – OIE – 動物衛生のための世界組織

アニマルウェルフェア(動物福祉)とは,OIEの定義によれば
「動物が生きて死ぬまでの状態に関連する,動物の身体的・精神的状態」を意味します。
家畜を快適な環境下で飼養することにより,家畜のストレスや疾病を減らし,
結果として生産性の向上や衛生的で安全な畜産物の生産にもつながる,という考えが背景にあります。
アニマルウェルフェアの状況を把握する上で役立つ指針としては「5つの自由」があります。動物福祉 – OIE – 世界動物衛生機構

 5つの自由とは
①飢え,渇き及び栄養不良からの自由
②恐怖及び苦悩からの自由
③物理的及び熱の不快さからの自由
④苦痛,傷害及び疾病からの自由
⑤通常の行動様式を発現する自由
があります。

 前提として,鶏や牛,豚などの食べるための動物(寂しい響きではありますが。。。)は産業動物と扱われ,愛護動物とは別の規制となります。
しかし,アニマルウェルフェアは全ての動物が対象となります。愛護動物,産業動物,実験動物,,あらゆる陸上動物についての考えだからです。

農水省の報告書には,「国際鶏卵委員会 による平成 31 年の調査によれば,日本における採卵鶏の飼養状況は,94.2%がケージ飼いとなっており,
そのほとんどが後述するバタリーケージであると推定されている」との記載があります。(養鶏・鶏卵行政に関する検証委員会報告書(PDF : 2,258KB)

また,バタリーケージについては,「バタリーケージとは,ワイヤーでできたケージを連ねて幾段にも重ね,その中で鶏を飼育する集約飼育方式のことであり,砂浴びの区域や止まり木等が備えられておらず止まり木での休息行動や営巣行動に制約がある」こと,「EU や米国の一部の州ではバタリーケージによる鶏の飼育を禁止しており,ケージ飼いする場合には止まり木等の設置を義務付けている。」ことも指摘しています。

そして,採卵鶏のアニマルウェルフェアに関する OIE の提案は,止まり木等の設置を必須事項とする内容となっていました。
そのため,OIEの提案通りでは鶏卵業者のほとんどが飼育環境の変更を迫られることになり,これを防ぐために賄賂を提供したと見られています。
ざっくり言えば,産業動物の飼育環境改善基準を強化するという国際社会の動きに農水省が抵抗するように働きかけるため,です。

加えて,報道されている限り,事件の背景としては,海外から日本の産業動物の飼育方法があまりに前時代的だとの批判があり,
特に日本の主流は「バタリーケージ」を始めとした極めて狭く密な環境で飼育しているため,国内外から問題点を指摘され続けていました。
そして,2020年(延期で2021年となりましたが)に東京オリンピックが開催される際には,
海外からの選手たちに提供する食事の食材に注目が集まりました。
五輪の食材調達に厳しい目 家畜飼育基準、欧米より緩く: 日本経済新聞 (nikkei.com)

また,わが国では30年以上に渡り賃金が横ばい状態であるとの報道もされました。
 30年間変わらなかった日本の賃金 首相が掲げる所得倍増には課題山積 – 産経ニュース (sankei.com)
これは,高品質なサービスを低料金で求め続け,その結果,企業が給与に反映させず,また消費が落ち込んで儲からない…という負の連鎖です。
卵は物価の優等生とも呼ばれ,鶏卵業者の企業努力により,安くて衛生的な卵が安定供給されています。
こうした背景も,鶏卵業者に無理をさせて安い費用で大量に卵を作り出すシステムを生み出すきっかけになってしまったのではとも思います。
バタリーケージの問題については動物愛護界隈では有名な話でしたので,できるだけ平飼い鶏の卵を購入する等の対策をしている方もいらっしゃると思います。

卵と賄賂の問題をきっかけに,産業動物たちの飼育環境改善が実現することを願ってやみません。

参考資料
【農水省HPより】
「養鶏・鶏卵行政に関する検証委員会報告書」及び「追加の倫理調査の結果について」の公表について:農林水産省 (maff.go.jp)
養鶏・鶏卵行政に関する検証委員会報告書 概要(PDF : 442KB)
養鶏・鶏卵行政に関する検証委員会報告書(PDF : 2,258KB)
養鶏・鶏卵行政に関する検証委員会報告書 別冊資料(PDF : 8,286KB)
追加の倫理調査の結果について(PDF : 385KB)

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